ピカデリー

早稲田で撮影のお手伝いをしていたら終電を逃してしまって、どうやって時間を潰そうかと思ったら財布には600円しか入ってない。これじゃあカラオケにも満喫にも行けない。戸山公園に雑魚寝するにも、日中は春の顔を見せておいて底冷えする2月下旬の夜は油断してコートも着てない自分にはなかなか厳しいな。すると先輩がピカデリーで「シティーハンター」と「女王陛下のお気に入り」を一緒に見よう、お金は貸すからと言ってくれたので午前1時過ぎの上映に間に合うように新宿まで歩く。ピカデリーの正面の通りは土曜深夜の都会特有の胡散臭い猥雑さで満ち溢れている。深酒したサラリーマンが、道端のショッキングピンクの大量のゲロをしゃがみこんでスマホで何度も写真を撮っている。停車している車の窓をコンコンと叩くあんちゃん、新宿ピカデリーの前でパンツ丸見えで1人で座り込んでいる女の人とワンチャンを狙ってニタニタと話しかける薄緑の髪の毛をした男。シティーハンターが終映したのがぴったりAM3:00で、女王陛下のお気に入りが始まるのもAM3:00。幕間の時間が10分弱だから急いでエスカレーターを降りてチケットを買い再びスクリーンに向かう。「エマ・ストーンの乳首が見れるのが見どころ」だなんて言った奴誰だよ、めっちゃ面白いじゃないかと思いながら午前5時過ぎのピカデリーを後にすると、座り込んでいた女の人も薄緑の男もいなくなっていて、真っ赤な顔で大きな声ではしゃぐ集団と吐瀉物とゴミの塊が偏在している。辺りはまだ暗い。ショッキングピンクのゲロはまだそこにあった。近くには清掃員の人が仕事に取り掛かろうとトラックから荷物を取り出していたから、あのゲロもじきに片付けられるんだろう。付き合ってくれた先輩と分かれた後、歌舞伎町の入り口の向かいの吉野家に入った。一階は満席で二階のカウンター席に通された。数席離れたテーブルの方から「だから何度も言ってるじゃないですか!」と語気の荒めな女性の声が聞こえてくる。20〜30代の3人の女の人が座っている席からその声は聞こえてくる。1番後輩の子が先輩に向かって少々不満を暴露してる。話の内容はわからない。声のトーンでは先輩2人のうち1人が責められていて、もう1人は仲裁している。後輩の人はなかなか収まらない。すると、隣のテーブルの学生っぽい男の人が

「あの、喧嘩するのもいいですけど、店の外でやってくれませんか?」

と注意すると、先輩が

「そうだよね、ごめんなさいね」

と気さくに謝り、二階は静かになった。

3人はしばらくして席を立ち、もう一度注意した若者たちに軽く謝って店を出て行った。すると若者たちは「1番ブスのやつがキレてて面白かったな!」と仲間内で騒ぎ出した。

これから恵比寿映像祭に行こうと思ったが、510円の牛丼セットを食べてしまったから、財布の残りは100円ちょっとしかない。これじゃあ電車に乗ることもできない。なんなら家に帰ることもできない。朝の7時にはコンビニのATMが使えるはずだからそれまで1時間くらい時間を潰さなきゃ。周期的な睡魔がやってきたので、店を出た。ここから4kmくらいで渋谷駅に着くからちょうどいい。渋谷まで歩こうと思って西を目指す。西口の喫煙所で一服しようと思ったら、さっきの女性3人と再び遭遇。先輩2人を見る限り、何かしらの夜のお仕事終わりなんだろうなと思った。先輩1人は茶髪でアイシャドウが濃くて、強い香りの香水をつけている。3人ともふくよかで、後輩らしき子は黒髪でほとんどすっぴんのように見える。「私だって頑張ってるんですよ!」と大きな声を出す。先輩が「わかった。けど、今日はやめよう。お酒入ってて冷静に話し合いできないからさ。いい?」「私は冷静ですよ!そうやっていつも話をそらす」「ほら、冷静になれてないじゃない、大きな声出さないで」盗み見ると、先輩が後輩の煙草に火を点けている。その後も後輩は先輩2人に向かって声のトーンを抑えたまま何かを話し続けていたが、先輩たちは無視して2人で小声で談笑していて取り合わなかった。

だんだんと空の青みが増す。喫煙所まで来て吸い殻をポイ捨てしていく男性がいる。こんな街を冴羽獠は日々守り続けているんだな、一度くらい滅びてもいいんじゃないの、なんて思った僕もだいぶ疲れている。歩き始めて気づかぬ間に代々木駅を通り過ぎて、辺りはかなり明るくなっていた。ゴミ拾いをしているお爺さんとすれ違った時に、「ご苦労様です、ありがとうございます」と言おうと思ったが、「てめえらがポイ捨てしなきゃいい話なんだよ」とか言われて胸ぐら掴まれたら2、3日凹んで寝込むことになっちまうなと思って声をかけずじまいだった。そうこうする間に、原宿に着いたので代々木公園で一休み。朝から犬の話をしながら散歩するおじいさん、おばあさん4人組の声のトーンを聞いていたら、この人たちも昔は新宿で深夜に真っ赤な顔してどんちゃん騒ぎしてたのかしらと不思議な気がした。渋谷に着く。7時過ぎ。ファミマでお金を下ろす。お金が出てこない。取り扱い時間外。は? 慌ててもう一度カードを入れて暗証番号を入力する。取り扱い時間外。電池残量6%のスマホで日曜日のATM取り扱い時間を調べると午前8時から。意気消沈しながらマクドナルドに入ってホットコーヒーSサイズを注文する。これでもう残高は数十円。意外と中は混雑している。仮眠とるのは難しいかな。読みかけのジョン・アーヴィングの「ガープの世界」の下巻を読む。なんだろう、等身大の自分に深く刺さってくる物にときどき出会う。自分にとっては中学生の頃に初めて読んだ「ノルウェイの森」、高校生の頃に見たRADWIMPSシュプレヒコール」のミュージックビデオ、大学に入ってすぐの頃に見たアッバス・キアロスタミの「ライク・サムワン・イン・ラブ」。これらは、自分がぼんやりと考えていたことを丸ごと洗練して尚且つ平易な形で言語・映像化されているように感じて愛おしくなると同時に細部に耳を傾けた。刺さるのは、図星であるからだし、先を越された嫉妬心でもあるし、自分には理解できていないものへの洞察眼への感銘でもある。自分の関心や精神状態と作品との出会いの時期がぴったりマッチしていると時々そういったことが起こる。それを自分でコントロールすることはできないんだろう。

8時を過ぎてお金を下ろしたが、恵比寿映像祭は10時から開場だ。疲れも結構ずっしりと来る。向かいの通りにエッチなDVDの個室鑑賞のお店が目に入った。ここで10時まで時間潰すことにしよう。6枚好きなDVDを選べるから、エッチなDVDを5枚決めて、最後の1枚はトラン・アン・ユンの「ノルウェイの森」にした。多少割愛して、映画版の「ノルウェイの森」は見るに耐えない。原作をリスペクトし過ぎて描写や台詞を映像化することに固執しているから、ワタナベ君の笑撃の台詞「勃起しているかどうかということならしてるよ、もちろん」という台詞を松山ケンイチに喋らせてしまうことになるし、突撃隊との螢のエピソードを尺の都合で一切無くしてしまい、突撃隊を演じる柄本時生はただの変人としてしか画面に登場しない。小説の濃淡をメリハリつけてソウルだけ引き継いで脚本を書くっていうことは随分と難しいらしい。ミシェル・ウェルベック素粒子」のオスカー・レーラーの映画版なんてもっと酷かった。小説原作ってものは難しいんだ。馬鹿にして改編しまくった方がキッチュでキュートな作品が出来そうな気がする。

恵比寿映像祭での目当ては三宅唱監督の「ワールドツアー」という映像。3画面同時に、スマホで撮られた日々の日常を3つの画面それぞれ別の映像で流す。目で追うのは大変で、おまけに上映中横になれるもんだから、気づかぬ間に瞼を閉じて眠り込んでしまった。失望からか、併設されていた「無言日記」は集中して見ることができた。これが刺さった。深く刺さった。悔しさと言うのだろうか。日常のスナップショットは面白い。この「無言日記」は、例えば電車の座席で横になっているサラリーマンとその近くをウロウロする女性、というような誰もが出くわしそうな何気ない場面が次々と流れる。すべてスマホで撮っている。これは映画なのか?映画ってなんだ?わからないけれど、とにかく見ていて面白い。さっきの3人組女性の様子を撮っておけばよかった。何か引っかかる日常のスナップショットも、とにかく記録しないと忘れ去ってしまう。面白かったことも忘れてしまう。一つ一つに深遠な価値や深刻さなんて無くても、積み重なると不思議なもんだ。人の記憶の中にいるみたいな、あるいは自分の記憶を見ているような妙ちきりんな気分になる。アイデアが浮かんでいてウンウンと難癖つけながら考えるのと、それを実行し続けることには天と地ほどの差があるのだな、月並みなことを考えつつ悔しい気分になった。月並みな教訓は普段は野暮だが、役に立つ。いつか実感するんだもの。すごい。とにかく日常を記録してみよう。まずはそれからだな。と気分良くなったところで眠くなって、目的の三宅唱の「やくたたず」は見ないで帰って泥のように寝た。以上。ピカデリーの日記。これも記録だ。

 

永戸鉄也YouTube