Emily Dickinson, It was not death, for I stood up
It was not Death, for I stood up,
And all the Dead, lie down -
It was not Night, for all the Bells
Put out their Tongues, for Noon.
第一連、「私」は、立ち上がったので(for)それは死ではない、そして「すべての死者たち」は横たわっている。死者たちは「私」以外だろう。更に、それは夜ではなく、すべての鐘が昼を告げる(昼のための)舌(ぜつ)を突き出す。登場するイメージは「死者」「夜」「昼」「鐘」と、教会や葬式を喚起する。
It was not Frost, for on my Flesh
I felt Siroccos - crawl -
Not Fire - for just my matble feet
Could keep a Chancel, cool -
第二連、身体の感覚が描出される。それは霜ではない、なぜなら「私」の肉、身体の上に熱風が這っていくのを感じるため。さらには炎でもない。なぜなら、自分の脚が教会の内陣を冷やすことができるから。「脚が部屋を冷やす」というのはやや妙な表現だ。「部屋が脚を冷やす」という方が一般的な表現だろう。外部と内部(身体)の温度の交換・知覚が可能であるから、私は死者ではないという弁明。デカルトは『情念論』のなかで以下のように述べている。
わたしたちが身体ないしその一部に関係づける知覚は、飢え、渇き、その他の自然的欲求についての知覚である。これに、わたしたちが外部の対象のなかではなくて、自分の肢体のなかにあるように感じる痛み、熱さ、その他の変様を加えることができる。こうしてわたしたちは同時に、しかも同じ神経を介して、手の冷たさと、その手が近づく炎の熱さとを感じることができる。また反対に、手の熱さと、手がさらされる空気の冷たさを感じることができる。(情念論 p24-25)
身体を持つということ、そして知覚できるということは、外部と内部を同時に感じられるということだ。熱い炎が「私」に近づくと、「私」は炎の熱を感じると同時に手足の(炎と比べて相対的な)冷たさをも感じる。
And yet, it tasted, like them all,
The Figures I have seen
Set orderly, for Burial,
Reminded me, of mine -
しかし、「それらすべての感じがした」という。tasted は「味がした」とそのまま訳してもよさそうだ。いずれにせよ、この一節は「私」の証言(testimony)だ。「私」は知覚する、故に「私」は在るという命題を補強してゆく。「私」が見た死者たちは一列に並んで(並べられている)、埋葬されるのを待っている。その様子によって「私」は自分自身が並べられている姿を思い描いたようだ。第三連までくると、この詩が描く状況はある程度見えてくる。「私」は墓地か教会にいる、そして死者について、死について思い巡らした瞑想詩なのだろう、と見なすだけではまだ見えない。「それ」(it)が何かが分からない。
As if my life were shaven,
And fitted to a frame,
And could not breathe without a key,
And 'twas like Midnight, some -
第四連、葬儀のイメージが続く。「私」の生命が剃刀で削り取られ、木枠にぴったりとはめ込まれる。鍵が無しでは息ができないと、制御されている感覚がある。「それ」は真夜中のような何かであるらしいが、やはり不明瞭だ。「それ」の正体は分からない。核心に迫ろうとしているのか、答えはある程度見当がついているが、気が付いてしまうことが怖いのか、判然としない。
When everything that ticked - has stopped -
And space stares - all around -
Or Grisly frosts - first Autumn morns,
Repeal the Beating Ground -
第五連、葬儀のイメージから離れ、概念的な視座に移る。時間を刻むものがすべて止まり、空間があたりを見つめる。「私」が空間を見つめるのではなく、空間が見つめる。ここでも、ややずらされた表現が見られる。初秋の不気味な霜。波打つ大地を凍死させる。「私」は登場しなくなり、時空を自在に移動する、ある種「神」のような視点が、時を止め、生命の躍動も止めてしまう。
But, most, like Chaos - Stopless - cool -
Without a Chance, or spar -
Or even a Report of Land -
To justify - Despair.
最終連、前の連に続き、概念的なイメージ。主語は示されていないが、混沌(Chaos)に似ているのは、おそらく「それ」(it)だ。終わりがなく、冷たく、望みも、マストに使う柱(船を支える骨格、中心をなすような存在のメタファーか)もない。これは、永遠のことだろうか。無限に続くものだ。混沌と書かれているのだから混沌が何かを考えてみればよい。「それ」≒混沌、そして無限に近い何か。真夜中に近いものでもある。もし「死」が存在しないとしたら。そんな風に考えることは恐ろしいことだったのに違いない。死、あるいはその先の天国ないしは地獄。死後の世界はなく、あるのは無限に引き延ばされた中心なき暗闇しかないとしたら。そこに救いは存在するのだろうか。陸地(生者たち)からの報告も届かない。暗闇の海に投げ出される。それは絶望だ。「私」の絶望を裏付けるために、「私」が絶望を証明するために、「私」は詩を書くのだろう。